医師紹介

◎岩崎 雅

   桜井医院 院長

   日本皮膚科学会認定 皮膚科専門医

   日本東洋医学会 認定専門医

   岩手医大非常勤講師

   岩手県皮膚科医会会長


◎ 岩崎 雅

『いわて医報』2002年1月号掲載より

超・皮膚科医宣言

水沢医師会 岩崎 雅

 元旦というと一年の抱負を語るもの。『いわて医報』初登場であるので、自己紹介も兼ねて、岩手県医師会諸先生方に、年男となる本年の目標を披露することと致しました。即ち、”超・皮膚科医”となること。

 小生は現在、水沢市の桜井医院で、義父の桜井 昭彦先生の院長の下で、皮膚科医として働いてまる10年が終ったところです。岩手県皮膚科医会の代表幹事、日本臨床皮膚科医学会東北支部長、もちろん皮膚科専門医と、まるっきり、トコトン皮膚科医です。 それでは何故、”超”を目指すのか・・・・・。

 昭和55年に秋田大学を卒業(5期生)し、大学院は基礎にと”病気の理法”を探求すべく秋大第一病理(当時、綿貫 勤教授)の大学院生となりました。学生時代の暗記ばかりの詰め込み勉強に閉口し、もっと基本的な自然界の摂理に触れてみたかったからでした。しかし理想と現実は大分かけ離れており摂理に触れるどころか憶えなければならないことが山ほどあり雑用も多い日々でした。そんな中、主任教授に相談して当時網内系病理の権威者であった故・小島 端先生(当時、筑波大学教授)に師事する機会を得て何とか学位取得に漕ぎ着きました。 その後の小島先生の退官までの一年間を先生の下で無給(バイトもなく)で研究しました。

 一般病理は全臓器が対象ですし、網内系組織も全身が対象です。計らずも全臓器さらに全身を診る出発点がここにありました。

 病理時代、標本ばかりを見ている間、生身の人間を見てみたくなりました。標本では、患者がどういう状態の、どういう部位を、どういう状況下で採取されてきたかを依頼書だけで把握することは不可能だったからです。 そういった情報をすべて把握し、尚且、自らが検体を採取し、さらに標本を読む一当に理想の科が皮膚科だったのです。 しかも縁あって入局した教室が北里大学の西山 茂夫先生(『皮膚病アトラス』文光堂の著者)のところでした。

 西山先生の口ぐせは「皮膚を通して全身を診よ!」ということでした。そうした皮膚科学を学んでいた平成3年、現在の水沢市に住むことになってしまいました。そして4年前、義父の大学時代の同級生である和漢の大家・山田光胤先生の門下に入って漢方を学ぶことになったのです。 先生は”腹診の神様”と言っていいほど腹診を中心とした切診を大切にされて全身を把える方です。 もちろん漢方は、皮膚科も内科も婦人科も関係なく人間全体を診る医術です。ここに来て病理のミクロ的世界と漢方のマクロ的世界が”皮膚”を含めた体表の世界を通して連続的に繋がってきたような気がします。

 『論語』に「四十にして迷わず」「五十にして天命を知る」とありますが、迷いだらけの40台もあと数年で終わり、50に手が届きそうな歳となってしまいました。 いままでに積み重ねてきた経験を基盤にして、従来の「皮膚科」に足場を置きつつも全身的な観点から患者を診、そして治療できる”超・皮膚科医”を目指すこと− それが自らに与えられた天命ではないかと勝手に思いを馳せている今日この頃です。 それが超一流の恩師に対する恩返しとも考えるからです。